一宮青年団の沿革

1909年9月29日、東宮殿下(後の大正天皇)が、伏木に表敬の折、各町内の獅子舞を披露した。(中には胴幕に竹の輪を使用している所もあったという。”高町古老談”  *10時22分伏木駅着~12時25分伏木駅発福岡町へ)

その時、県知事より大きな称賛を受け1910年12月8日に「一宮村報徳青年団」が結成された。射水郡長、伏木町長、藤井能三列席の下、発団式を挙行した。*初代団長 田口俵太郎28歳

田口俵太郎

田口俵太郎 60歳還暦時

*田口俵太郎・・・明治14年9月25日に生まれ、明治23年に父が育った伏木に越して来た。伏木小学校教員を30年、伏木町長、伏木図書館長、万葉歌枕研究会、越中国分寺、気多神社の顕彰、昭和23年高岡市史編纂委員と、伏木発展の為多方面で活躍した。田口家は、聖武天皇の側近、田口朝臣年足(たぐちあそみとりたる)の血脈を四十数代にわたり当地に伝える一族である。(本家は、現高岡関野神社神職)*田口朝臣年足は大伴家持の前の越中国守だった。
70歳の生涯であった。
なお、伏木小学校の帽章を考案したのも当人である。

1916(大正5)年12月25日一宮報徳青年団の夜学が始まった。
1923(大正12)年4月18日青年団は、村共有の雑木をもらい三日総出で伐採し、薪として売却した代金で団旗を調製した。
その樹立式を気多神社で伏木町長、伏木小学校校長を迎えて挙行した。(北陸タイムス記)

一宮青年団旗

現在の一宮青年団旗

一宮青年団章

一宮青年団章(稲穂に一宮)

獅子舞自体は明治初期頃、太田(旦保)に3人が習いに行った経歴があり、約130年以上もの間、維持継承されている。(戦時中も中止になった事はない)

*1795年5月26日現在 家屋39軒
*1843年1月15日現在 家屋45軒 274人

2008年で青年団結成100年となる。

2006(平成18)年3月、一宮の獅子舞とにらみ獅子が「とやまの獅子舞百選」に選ばれた。

選定証

選定証

選定証

2006(平成18)年4月、一宮青年団のホームページが作られた。

2007(平成19)年3月、気多神社のにらみ獅子が「とやまの祭り百選」に選ばれた。

神社と春季祭礼日 気多神社の沿革 一宮青年団の沿革
系統と伝播 演舞の種目 扮装と芸能
目録 お囃子